やっと仕事が終わって、ふらふらでベッドに倒れ込もうとしたそのとき――視界のすみっこに、黒くてすばしっこい影がよぎった。
「……え?」
目をこすってもう一度見たけど、もう姿はなかった。
でも確実にいた。そう、あれはやつだった。G。この世で最も遭遇したくない生き物のひとつ。そう、ゴキブリ。
俺が固まってると、すぐに気配を察したのか、ぬいぐるみたちがそっと顔を出した。
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「パパ……なにかいたの?」
るぅが目をこすりながら聞いてくる。
その横では、くぅがもう完全に警戒態勢に入ってて、リーは目をキラキラさせながら「敵か?」って顔をしてる。
でも――その中でもっとも早く動いたのは、ジェラだった。
「どこ!?どこいったの!?あれ、おっかけるー!!✨」
突然スイッチが入ったように、部屋中を跳ね回るジェラ。
ソファのすきま、棚のすきま、引き出しのすきま――とにかくすきまというすきまに突っ込んでいく。
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「ジェラ、やめときなって!あんなの触ったらダメだって!」
くぅが冷静に制止するけど、ジェラの耳には届かない。
まるで獲物を狙う子猫のようなその動き。
普段は隙間フェチでいたずらっ子なジェラだけど、まさかゴキブリに本気になるとは…。
俺は心の中で「頼む…触る前に止まってくれ…!」と祈りながら、ジェラを追いかける。
「パパ、がんばってぇ〜〜〜!!」
るぅは俺の背中にしがみつきながら涙目。
リーは「面白そう」とか言いながら高い棚の上で高みの見物してる。
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捕獲作戦・開始
ついに、ジェラが何かを見つけた。
「いた!!あそこ!!」
ジェラがタンスの裏を指さして叫ぶ。俺も急いで確認。
……いた。
しかもデカい。ツヤツヤしてる。動きが速い。心臓が止まりそう。
「やばい……やばい……ジェラ、下がって!!」
俺はゴキジェットを片手に戦闘態勢。
ジェラは「おっかけたいけど…パパが真剣な顔してる…」って、しぶしぶ後ろに下がってくれた。
――そして、
プシューーーーー!!
ゴキブリ、沈黙。
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勝利のあとの静けさ
「……やった…」
しばらく動けなかったけど、なんとか処理を終えて、部屋に戻ると、みんながこたつの周りに集まってた。
「パパ、かっこよかったよ…」
るぅがホッとした顔で抱きついてくる。
くぅは「もう、こんなときまで呼ばないでよ」なんて言いながらも、ちゃんと隣にいてくれる。
リーは「次の出現時に備えて観察メモを作る」とか言ってて、若干怖い。
でもジェラは…というと、スミでしょんぼり。
「つかまえられなかった…ぼく、もっと追いかけたかったのに…」
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「ジェラ、よくがんばったよ」
ジェラの頭をなでながら、そう声をかけた。
「追いかけたのがダメだったんじゃなくて、パパが止めたのは、ジェラのことが心配だったからなんだよ」
ジェラはしばらく黙ってたけど、やがて小さく「うん…」ってうなずいて、
「でも今度は、パパと一緒に追いかけたい!」なんて言って、俺の腕にぎゅっとしがみついてきた。
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眠りの時間へ
それからみんなで布団に入って、電気を消して、しばらくの間、眠るまでの静かな時間。
ジェラは俺の胸の上にちょこんと乗って、目を閉じながら小さな声でささやく。
「……パパがいたら、ゴキブリもこわくないや」
その言葉が、夜中の戦いで消耗した心を、ふわっと包んでくれた気がした。
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【あとがき】
ぬいぐるみと一緒に暮らす毎日は、
時々こうやって、ちょっとした非現実と出会う。
現実の中で疲れきった俺の心に、
彼らは今日も、ふわふわの優しさで寄り添ってくれる。
だから俺は、また明日も生きていける。
ジェラが隙間を探す限り、るぅが泣きついてくる限り、
この家には、戦う理由も、守る理由も、ちゃんとあるんだ。
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