夏になると、どうしても思い出してしまう出来事がある。
これは、僕が学生の頃に体験した、本当にあった話だ。
1. あの日の帰り道
当時、僕は田舎の方に住んでいて、最寄りの駅から自宅までは歩いて25分くらい。
街灯もまばらで、夏になると蝉の声がとにかくうるさい道だった。
その日は部活が長引いて、家に帰るのが夜の7時を過ぎていた。
空はまだかすかに赤みを帯びていて、ちょうど日が沈みかける時間帯。
ジージー、ミーンミーン……と、蝉の声が頭に響くほど鳴いていた。
ふと、電柱の下を通りかかったとき。
地面に“仰向けの蝉”が転がっていた。
夏にはよくある光景で、もう寿命が尽きて死んでるんだろうと思った。
でも、近づいた瞬間──その蝉が「ジジジッ!」と暴れ出した。
心臓が跳ね上がる。
思わず足を止めた僕をよそに、蝉は大きな羽音を立てて飛び立った。
「……びっくりした」
ただそれだけのこと。
でも、この出来事が、後に起こる“あれ”の予兆だった気がしてならない。
2. 深夜の蝉
その日から数日後のこと。
夜、ベッドで寝ようとしていたら、窓の外から「ジジジ……」と蝉の声が聞こえてきた。
夏の夜に虫の声はよくあるけど、蝉が鳴くのは昼間のはずだ。
時計を見たら午前1時を回っていた。
「蝉が夜に鳴くなんて……あるのか?」
そう思ったけど、不思議と怖さはなく、ただ眠れずに耳を澄ませていた。
でも次の瞬間、その蝉の鳴き声がだんだん近づいてくるのがわかった。
ジジジ……ジジジ……
窓のすぐそばまで。
たまらなくなって、カーテンを勢いよく開けた。
すると、そこには何もいなかった。
ただ、耳の奥でまだ「ジジジ……」と響いているような気がして、なかなか眠れなかった。
3. 蝉の抜け殻
それからというもの、僕の部屋の窓の外には毎晩のように蝉の声がした。
友達に話すと「疲れて幻聴なんじゃない?」なんて笑われたけど、確かにあの声はリアルだった。
ある朝、窓を開けたときに気づいた。
網戸に“蝉の抜け殻”が、びっしりと貼り付いていたのだ。
数えてみると、十匹以上。
昨日までそんなものはなかったはずだ。
気味が悪くなって、すぐに全部をゴミ袋に入れて捨てた。
けどその夜も──やっぱり鳴き声は聞こえてきた。
4. 友人の話
耐えられなくなって、オカルト好きの友達に相談した。
すると、妙に真剣な顔をして、こんなことを言った。
「夜に鳴く蝉ってさ、“人魂を呼ぶ”って聞いたことあるよ。
蝉の寿命って短いじゃん? だから死んだ人の魂を運ぶっていう言い伝えがあるんだって」
僕は冗談だろうと笑った。
でも友達は真顔で続けた。
「しかも、抜け殻は“入れ替わり”のサインらしい。
中身を捨てて、新しいものが代わりに入るんだよ」
ゾッとした。
もしそれが本当なら、僕が捨てた抜け殻は……。
5. 最後の夜
そんな話を聞いた数日後の夜。
またあの鳴き声で目が覚めた。
ジジジ……ジジジ……
でも、その日は明らかに違っていた。
鳴き声が耳元から聞こえるのだ。
飛び起きて電気をつけると、枕元に“蝉”が一匹、張り付いていた。
慌てて手で払いのけた瞬間、その蝉は羽をばたつかせて消えた。
まるで煙みたいに、すっと溶けて消えたのだ。
そのあと、僕の右腕には“蝉の抜け殻”のような茶色い薄い皮が一枚、貼り付いていた。
必死で剥がして捨てたけど、その夜以来──不思議と蝉の声は一切聞こえなくなった。
6. 後日談
夏が終わりかけた頃、あのオカルト好きの友達が急に入院した。
原因は不明の体調不良。
一気に痩せ細り、まるで抜け殻みたいな姿になってしまったという。
見舞いに行った僕に、友達は笑いながら言った。
「……お前のとこに行ってた蝉、俺んとこに来たのかもな」
それが最後の会話になった。
友達はそのまま帰らぬ人となった。
終わりに
今でも夏になると、蝉の声を聞くたびに思い出す。
あの夜、もし僕が抜け殻を剥がさずにいたら──。
もしかしたら、蝉に“中身”を持っていかれていたのは僕だったのかもしれない。
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